
かつて奥美濃白鳥の地に桜に魅せられた男がいた。
旧国鉄バス名金線車掌、故佐藤良二その人である。
御母衣(みぼろ)ダム建設のために湖底に沈む村から、山の中腹への前代未聞の大移植
工事を受け、見事に開花した樹齢400年の2本の桜。『荘川桜』と名付けられたこの
桜に魅せられた佐藤良二氏は、自分が勤務するするバス路線、名金線(名古屋−金沢間
の沿線266キロを桜並木で結ぼうという壮大な計画を思い描いたのです。
この時から壮大な「さくら道」の物語が始まったのです。
250kmの意志
「太平洋と日本海を桜でつなごう」 と言う壮大な夢を抱いた佐藤良二氏は私財を
つぎこみ、仲間と共に約2000本の桜を植樹し”奥美濃の桜守”
と呼ばれるようになました。
しかし病魔に冒され、志半ば47歳で帰らぬ人となってしまいました。
一度は消えたかに見えた佐藤さんの夢は、かつての仲間により受け継がれ、
新しい桜の苗となり、東海地方だけではなく全国に広まっています。
そして、サクラカップ東海北陸6県シニアソフトボール大会も、白球にその意志を
継承し、人々が仲良く暮らせる、明るい社会を目指しております

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