石和 IN 2002

 

平成14年8月23日 晴

午前8時、二台の車に分乗して白鳥を出発。

平湯でバスに乗り換えて上高地に入る事にする。参加者の中で上高地は始めてと言う人が多かったので良かった。

天候は曇であったが、河童橋を中心に散策する。橋のたもとのレストランで昼食。

自然の美しさを満喫したが、時間が無く明神池、大正池迄は足を伸ばせず心残りであった。

夏休みでもあり人出は多かった。観光バスが特に目立った。

人工的なモノから自然志向になっているという感じもする。

ゴミ箱がない。山を愛する人はゴミを決して出さない。

その逆は 海に行く人である。浜辺はゴミだらけ。

続いて石和を少し通り過ぎて、武田信玄の菩提寺である名刹恵林寺を参拝する。

ここはかねてより一度来てみたいと思っていたところの一つ。

信長に攻められた時、快川和尚が「心頭滅却すれば、火自ずから涼し」と火中に身を投じたと言われるところ。

人間 集中すれば 恐れるモノはないと言うのか。ソフトも集中!

恵林寺は想像以上に立派なお寺でみんなも良いところに連れてきてもらったと喜んでくれた。

恵林寺を焼き払い、武田を滅ぼした信長は、この2ヶ月後に、明智光秀に本能寺で襲われ、

今度は逆に火炎に包まれて消えている。

武士(もののふ)の哀れか。

恵林寺で監督が全員に不動明王のお守りを買ってくれた。

ユニフォームに縫いつけて集中して戦えと。

だいたい予定の時間に「みなもと旅館」に到着。

今年から新しく出来た露天風呂に早速飛び込む。

ワイン風呂で、その香りが旅の疲れを癒してくれる。

先発隊九人に岩田夫婦を入れての宴会。楽しく飲んだが歌を歌うところまではゆかなかった。

雨がかなり強く降り。夜の芸術劇場鑑賞会は延期する。

比較的早く床に就く。

24日 晴

8時に宿を出て、開会式会場へ。

今日出発組は開会式会場へ来ないと言う。

「開会式なんか出てもしょうがない」「それよりも早朝出発で、疲れ気味だ、体力温存優先」と言いそうな

気配が強かったのか?と邪推する。

今年始めて参加する人には、全部で86チームと言う数を目の当たりにすれば、「これが全国大会か」と言う

気分は十分味わえ、気持ちの高ぶりは違ってくるものと思う。

人の気持ちを考えない人が、みんなをリードする事は悲しいことだ。

先発隊は、開会式が始まるまで時間がたっぷりあり、一汗かいた。

あとで聞いたが、開会式に来ない連中は喫茶店で時間を潰したと言うから、何をしに山梨くんだりまで

来たのかと聞きたい。

おまけに、グランドに来て、まだユニフォームすら着ていないのだから、やる気があるのかと聞きたい。

全員がやる気がないとは思わない。練習をやりたい人もいたと思う。

声の大きく、高い人に負けて、楽な時間の方について行ったのでは?

これで今回の勝ち目は無いと直感した。

第一戦は東京「あきるのシニァー」だ。

結局は立ち上がり、ミスの連続で3点を失った。

あとはゼロに封じたが、3;3で抽選負け。決して負ける相手ではない。

Sのフィルダースチョイスからミスは始まった。

そしてミスは朝の練習をしなかった連中に押し寄せた?

次の試合の審判をしてから宿に帰る。

宴会はまあまあの盛り上がり。

夜の芸術劇場へ8名が参加。今年はあまり盛り上がりは無かった。写真2枚。

宿の前のラーメンやで腹ごしらえをして、更に監督達の部屋で12時まで語って、飲む。

25日 晴

6時半に朝食。すぐにグランドへ向かう。他チームより早く、一番乗りで来たが、何故かピリッとしない。

準備運動もてんでバラバラ。

他のチームはきちんと円陣を組んで、充分にやっている。

大谷が残してくれたモノ、総てが悪いと言う感じで、良いことすらやろうとしない。これは違うのではないか?

昨日は試合終了後のエールも出来なかった。実に恥ずかしいモノだった。

全国大会に出るチームの形態を為していない。

改革をここら当たりからやり直さないと、本当に強いチームにはなれまい。

呆れたことに常連の人達の中に、サインをきちんと覚えていない人がいたことだ。

Nが盗塁のサインをバントと間違えている。もう一人のNはサインを全部言えない。

さらにFはヒットエンドランを見逃し、この時、Kランナーが飛び出し慌てて来塁してタッチアウト。

何故、2塁に走ってしまわないのか?これは一つのサインが二つのミスになっている。

まだ他にもあったと思うが、即座に浮かんでこない。こんなのは、いくら上手でも先発させるべきでない。

チームプレーが何も出来ない。打てないチームなら、せめてサインプレーで機動力を発揮してかからないと勝てない。

守備では、Oも動けなかった。完全なWプレーを2度までも逃している。

Sの動きも悪い。自分のベースに即座に戻らない為に、センターが投げられない。ボーとしている。

かくして、入間シルバーに、これ又、ミスの連続で負けた。

打たれて負けたのではない。力投した投手に申し訳がない。

第3戦は神奈川の相模原。これ又、ミスで得点され負けた。

立ち上がりのミスの連続で、俺も張りつめていたモノが切れてしまった。

コンセントレーションもここまでで、こうなると打てなくもなる。

集中が出来なくなる。こんな自分が情けなく、残念であった。

何とも、悔しい、惨めな負け方であった。

ミスは付き物ではある。

しかし、それを防ぐ最前の努力をしたのか?

ここまで、何しに来たのか?金と時間をかけて。悔しくないのか?

「しゃーない、しぁーない」で終わるなら、もう来たくない。

勝つことばかりが総てではないが、相手がその気で来ているんだ、こちらがいい加減では恥ずかしい。

さりとて相手チームと親睦を深めたわけでもない。

入間シニァーの一塁塁審をやっていた人が「郡上さんは楽勝の試合を逃している」と指摘してきた。

相手 一、二塁の守備を見て、何故一塁にバントをしないのですか?と聞いてきた。恥ずかしかった。

審判をするため居残って他の試合を見てきたが、これとてボールの行方を漠然と見ているだけだ。

その時、3塁はどう動いたか、キャッチャーは何処のカバーに走ったのか、バントシフトは、バントフォーメイションは

どうしたのか?せめて自分のポジションに置き換えて見ているくらいでないと、進歩は望むべくもない。

「やー大きいの打ったなー、エラーしたなー」と漠然と見ていては駄目だ。

重い足取りで宿に帰り風呂を浴びて、帰路につく。

運転手には悪いが、飲むしかないと適当に飲み、うたた寝をしながら帰ってきた。

途中、波田町の酒屋に可愛い娘が居たことを、行くときに発見し、帰りに寄って酒を買う約束したので、

きちんと寄って買ってきた。

愛想のいいおばあさんもいて、リンゴを沢山持ってきてくれた。

記念の写真も撮って来た。

高山で夕食。国居さんの知り合いの所とか。

白鳥につき喜八と更科に入り、夕食が不十分であったので、ここで補充。

不完全燃焼の石和大会であった。

昨年戦って、我々が勝った入間のチームがその時のビデオをプレゼントしてくれたという。

余裕のあるチームであり、試合が終われば相手を思いやる心があるんだなーと感心した。

これも親睦交流だと教えられた。

我がチームに、これの何分の一かでも、こんな心があるのか?

開会式に郡上の文字を見かけて、「私は郡上出身だ」と、握手を求めて来た厚木の選手が居た。

羽田野と名乗った。

開会式に参加すれば思わぬ、交流も出来るのに・・・・・・・・。

昨年 俺が横浜プリンスの北原氏に会えたように。

総てが後ろ向きでは、何も生まれてこない。進歩など無縁だ。

会社も同じである。

重ねて言うが、ミスは仕方がない。但し、そこに行くまで 最前の努力をしたか!

練習もきちんとやり、サインもきちんと覚え、みんなと心を合わせる様に気を配ったか?自問してみる。

自分なりにベストを尽くしての、ミスならば、許されると思う。

ベストを尽くせば、例え破れても納得でき、感動もあるものと思う。

「心頭滅却すれば、火自ずから涼し……快川和尚は信長に焼き殺され負けたけれど、

自分の生き様を朗々と読み上げ、弟子たちと火中に消えた。

人々の魂を揺さぶる、これは立派な勝ちではないか。

家に帰り着き、風呂に入り、疲れがドーと出る。

「三連敗だ!」カカに吐き捨てておいて、床に就く。

 

寅の寝言より